「次の数の大小を不等号を使って表しなさい。-4、0、-1」
鉛筆の先が、問題用紙の紙面でわずかに引っかかった。 窓の外からは、遠くのグラウンドから響く部活動の掛け声と、初夏の青葉を揺らす風の音が聞こえている。今日は中学に入って初めての、そして人生で初めての「定期テスト」の初日だった。数学の試験時間はあと十五分。見直しをしなければならないのに、私の頭の中はなぜか別のことでいっぱいに満ちていた。
-4と、0と、-1。 数直線を頭に思い浮かべる。右へ行くほど大きくなり、左へ行くほど小さくなる。だから、一番小さいのはー4で、次はー1、そして0だ。不等号を使えば、 -4 < -1 < 0 となる。 答えは分かっている。分かっているのに、なぜか手が止まる。
――さっき、廊下の掲示板で見かけたポスターのことが頭から離れない。 「未来を創る科学技術:半導体の最前線」という大きなタイトルの横に、微細な回路のパターン図が青く光っていた。ニュースで見た。AIのデータセンターが世界中で建設されていて、その心臓部には膨大な計算を処理するための半導体メモリが不可欠なのだと。キオクシアという会社の名札をつけた研究者が、真剣な眼差しでモニターを見つめている写真もあった。 (あれは、私たちが今習っている「正負の数」や「文字式」のそのずっと先にある世界なんだろうか……)
ふと、自分の答案用紙に目を落とす。
-7 + 4 =-3
(-12) ÷(-4)= 3
5-3×(-20)=11
ここまでの計算は、何度確かめても合っている。同符号の積や商はプラスになり、異符号ならマイナスになる。四則混合の計算では、かけ算やわり算をたし算やひき算よりも先に計算する。そのルールさえ守れば、複雑に見える式もきれいに紐解いていくことができる。
だけど、そのルールをどれだけ正確に覚えたところで、社会の仕組みや、これから私たちが向かう未来の複雑さは、こんなふうにきれいに割り切れるのだろうか。 AIが進化し、世界中のエネルギー事情が変わり、遠いどこかの巨大な工場では毎日何億個もの半導体が生み出されている。その巨大な歯車の音のほんの小さな、本当に小さな一部として、未来の私はどこに立っているのだろう。
「試験終了五分前です。見直しをしっかり行ってください」
監督の先生の静かな声が教室の空気を引き締めた。 はっと我に返る。私は慌てて視線をノートに戻した。頭を占めていた雑音のような疑問たちは、まだ答えの出ないまま、心の奥の引き出しにそっと仕舞い込まれる。
-4 < -1 < 0
私は息をひそめ、しっかりと確かめるように、シャープペンシルの芯を紙面に走らせた。 鉛筆の黒い線は、まっすぐに、迷いのない形をそこに描き出した。

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